日本の学校教育とジェンダー・セクシュアリティの形成
School Education and Development of Gender Perspectives and Sexuality in Japan
Noriko Hashimotoa*, Kaori Ushitorab, Mari Moriokaa Terunori Motegia, Kazue Tanakaa, Mieko Tashiroc, Emiko Inoued, Hisao Ikeyae, Hisashi Sekiguchif, Yoshimi Maruig and Fumika Sawamurah
aInstitute of Nutrition Sciences, Kagawa Nutrition University, Saitama, Japan. b Faculty of Education, Utsunomiya University, Tochigi, Japan; c Faculty of Education, Saitama University, Saitama, Japan; d Faculty of Letters, Ferris University, Yokohama, Japan; e Center for Liberal Arts Education, Ryotokuji University, Urayasu, Japan; f Faculty of Education, Kyoto University Of Education, Kyoto, Japan; g School of Public Health, Faculty of Health Sciences, Curtin University, Perth, Australia; hTokorozawa City Board of Education, Saitama, Japan
→Sex Education 誌に掲載中。
本論文は、平成25~27年度日本学術振興会科学研究費補助金 基盤(B)「〈性〉に関する教育の内容構成・教育課程とジェンダー平等意識・セクシュアリティ形成」(研究代表者 橋本紀子、課題番号2528521)の研究成果の一部である。
<研究目的>
戦後日本の青少年のジェンダー平等意識、とりわけ、セクシュアリティはどのように変化してきたか、そこには学校教育が関わっていたのか、否かについて、明らかにする。
<研究方法>
まず、学習指導要領の変遷と生まれた年度を対応させた世代分け区分表と、高校時代の対象者のジェンダー・セクシュアリティに関係する体験や認識と当時の一般的な意見を質問するインタビューガイドを作り、区分された世代ごとにこのガイドに基づいた半構造化面接を60分程度行う。世代区分は、戦後制度への移行期世代と第1世代~第5世代の6グループに分けたが、本稿では、小学校1年生から新制の学校に入学した第1世代(1940~1946年度生れ)から、中学・高校の性別教科が消えた後の第5世代(1978~1986年度生れ)までを分析の対象とする。本論文で取り上げたインタビューガイドの主要項目は、①中高で受けた性教育、②婚前交渉観、③結婚・離婚観、④性役割観である。
インタビュー内容がセクシュアリティに関わるものであるため、インタビュー対象者を得ることの困難が予想されたので機縁法を用いた。したがって、個々の対象者の語りは、各世代を代表する意見というわけではない。
次に、それぞれの世代の対象者の語りのデータを考察する手がかりとして、1989年の学習指導要領の改訂まで、性別教科であった保健体育と家庭科について、各世代の中学、高校の学習指導要領と教科書の内容を検討した。
調査対象者の男女比は世代ごとにばらつきがあるが、全体では男性23名、女性30名で、どの世代も両性を複数含み、出身高校は全国8ブロックにわたる。
<新たに見出された主な知見>
・性教育に関しては、「性教育の記憶がないか、曖昧」という語りが全ての世代に見られ、保健の軽視、性教育を公教育で取り上げることの抵抗感などが推測された。しかし、1980年代後半のエイズパニック以後の第4-5世代では男女共修で学んだという経験が印象的に語られるようになり、学校性教育の一定の影響が見られる。
・男女の関係性に関しては、女子のみ必修となった時期の女子には、性別教科であった家庭科教科書の伝える知識や情報は、性行動を抑制するという意味で、一定の影響を与えていたように見られる。
・性役割に関しては、進路や将来の家族像を描く際には、教科書というより、生育家族や居住地域が大きな影響を与えている。第2―4世代までの家庭科の教科書は時代の労働力政策に呼応して女子高校生に「仕事と家庭」の2重労働の遂行を伝えているが、これに重なる語りが教科・教科書からの影響かどうかは明らかではない。ただ共学となった第5世代の教科書にある個人を重視した生活設計、ライフコースなどは語りから見て、この教科の影響の可能性が考えられる。
・本研究では、保健と家庭科教科書の内容と世代の語りを対応させて見たが、性教育に関する質問は保健と対応した語りとなり、性規範や家族等は家庭科・教科書との関係では語られていなかった。これは生理学的な側面だけで捉えられてきた日本の性教育の現実を反映している。今後、ジェンダー・セクシュアリティ教育を充実させるためには、保健の教科とともに家庭科の内容編成に注目する必要があることが確認された。