活動・業績報告

減量プログラムの順守度には性格遺伝子多型が影響

女子栄養大学 栄養科学研究所 栄養クリニック

数千万人を超える肥満を始めとする生活習慣病は、患者がどれだけ医師、栄養士の指導を順守するかが治療成功の重要な要素です。急性疾患の手術等が医師側の治療で決まるのと大きな相違です。特に食事療法と運動療法の順守度は僅か2割ていどであることが各学会でも大きな問題になっています(図1)。従来から肥満しやすい人では、β3アドレナリン受容体(β3AR)や脱共役たんぱく質1(UCP1)で特定の遺伝子多型を持つことが知られていましたが、体重を記録しながら減量するのが指導の原則のため、減量の成功には指導に対する順守度の影響が大きいと予想されました。順守度には当然性格が影響します。セロトニン輸送体はセロトニンという脳内神経伝達物質を運搬する役割を担い、性格に影響するとされている物質です。このセロトニン輸送体の遺伝子多型と減量プログラムの順守度との関係を、女子栄養大学栄養科学研究所と研究所の付置機関である栄養クリニックが解明し、セロトニン輸送体のSS多型で減量プログラムに対する順守度が高いという論文がNutrients誌に掲載されました。

研究は、栄養クリニックが2014年から2017年に提供した、約半年間の生活習慣改善による減量プログラムに参加した日本人女性56名(平均年齢57.3±10歳、平均BMI:27.2±5.6 kg/m2)を対象に行われました。対象者は身長や体重、体脂肪率や腹囲などの身体・体組成測定のほか、食行動に関するアンケート(EBQ)、そして採血を行い空腹時血糖、ヘモグロビン、A1c、中性脂肪、LDLコレステロール、総コレステロール、さらにセロトニン輸送体(5-HTTLPR)、β3AR、UCP1の遺伝子多型について調査しました。セロトニン輸送体の遺伝子多型はエキソンの上流部のプロモーターにあるため、従来の遺伝子解析でなく、第4世代のロングリードシークエンスで決定しました(図2)。主観的な順守度は不明瞭ですから、順守度の客観的な指標を体脂肪率の減少で定義した点が重要です。

対象者は減量プログラム参加後に体重やBMI、体脂肪率や腹囲に加え、収縮期と拡張期血圧、そしてヘモグロビンA1cが減少しましたが、中性脂肪や空腹時血糖値、総コレステロールやLDLコレステロールに変化は見られませんでした(図3)。対象者のセロトニン輸送体遺伝子はSS型(69.6%)、LS型(17.9%)、LL型(12.5%)の3つの多型に分類され、SS型は日本人に多い特色が判明しました。しかし、対象者をセロトニン輸送体の遺伝子多型で分類したところ、SS型で統計学的有意な水準でLL型の対象者よりも体重や体脂肪率の減少度が高いことが判明しました(図4)。LL型+SL型群と比べ、SS型群では減量プログラム前後で測定した腹囲の減少率が有意に高く、EBQの総スコアや悪い食行動(Bad eating habits)、不規則な食事パターン(Unsteady eating pattern)など複数のカテゴリーで有意に改善しました。一方、肥満関連遺伝子であるβ3ARやUCP1では、多型間で体重や体脂肪率、腹囲に改善は認められませんでした。

本研究から、セロトニン輸送体遺伝子でSS型を持つ者は、肥満関連遺伝子でどの多型を持つかに関係なく、減量プログラムでの指導を遵守し改善につながる可能性が示唆されました。数千万の生活習慣病患者の治療に、患者側の行動の重要性を示し、客観的な順守度と性格遺伝子の関連を解明した本研究は、今後の精密栄養学に重要な指針を与える画期的な成果と言えるでしょう。

図1.患者の指導に対する順守度の違い

図2.セロトニン受容体の遺伝子多型と性格との関連

図3.減量プログラム前後における評価項目の変化

図4.セロトニン輸送体遺伝子多型による体重および体脂肪率の減少率

論文情報
タイトル: Serotonin transporter gene polymorphisms predict adherence to weight loss programs independently of obesity-related genes (セロトニン輸送体遺伝子多型は肥満関連遺伝子とは独立して減量プログラムの遵守度を予測する)
著者:Mana Yatsuda Miyako FurouKeiko KamachiKaori SakamotoKumiko ShojiOsamu IshiharaYasuo Kagawa
掲載誌:Nutrients, 2025 Mar 20;17(6):1094