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栄養科学研究所の概要

所長挨拶

研究所長  香川靖雄

本研究所は創立者香川昇三・綾が東京帝国大学附属病院で行ってきた研究を継続するために、本学発祥の地の東京都文京区(旧小石川区)1936年に設立された。現在の戦後の研究所は坂戸市にあり、絶えず国内外の科学、栄養学の進歩を取り入れて研究を進めている。特に昇三と所長の出身校である東京大学医学部とは絶えず交流を重ね、その所属研究者の1人本庶佑にはノーベル医学生理学賞が授与されている(図1)。本研究所は学校法人香川栄養学園の教育機関を跨いだ研究活動を統括する組織であり、研究所の専任所員と共に、大学・大学院・短期大学部と専門学校に所属している教員も研究所の兼任所員として所属している。さらに学外の研究者や若手の研究者が客員所員や客員研究員として活発な研究活動を行っている。研究所の専任所員や研究職員は乏しいが、兼任所員によっては大学院生の下に学生を組織化することで国内外調査、遺伝子解析、飼育培養、データ入力解析等の膨大な作業を可能としている。所長である私の場合は、着任した1998年以降に達成した研究業績の国際引用数はそれまでに所属した東京大学、Cornell大学(アメリカ)、自治医科大学での業績の水準をほぼ維持している(図2)。

(図1)

(図2)

研究所はこれまでに文部科学省から選定された「ハイテク・リサーチ・センター整備事業」によるモンゴル、タイ、中国、パラオなどのアジア・太平洋地域の国を対象とした多国間比較調査(1)や、大学が所在する埼玉県坂戸市の自治体と連携した「先進的な栄養学による坂戸市民の健康づくり(通称「坂戸葉酸プロジェクト」)」(2)などの大規模プロジェクトの成果から「遺伝子栄養学」、「時間栄養学」、「精神栄養学」など革新的な視点からの栄養学の発展に国際誌をとおして貢献してきた(3)。またプロを含めた幅広いレベルのアスリートを対象とした栄養サポート活動や企業との連携活動など、各部門の専任・兼任所員はそれぞれの専門的視点から研究を行っている。また、本研究所は女子栄養大学を代表してアジア太平洋公衆衛生学術連合(Asia Pacific Academic Consortium for Public Health: APACPH)のメンバーである海外の教育・研究機関との連携を取り、国際学術会議での講演や発表を積極的に行っている。2019年には特に発展の著しい中国栄養学会で所長が招待講演を行い交流を深めた(図3)。これらの活動から蓄積した科学的根拠に基づいた知見を基に、本研究所は実践的かつ最先端の情報をホームページや毎年開催している栄養科学研究所講演会を通して社会に発信している。

(図3)

本研究所は2020年に設立30周年を迎えた。研究所の前身である香川研究所が設立された国内における栄養学の黎明期や栄養科学研究所として改めて設立された生活習慣病予防に時代が注目していた20世紀末と比べ、現在は「人生100年時代」と言われる少子超高齢社会の只中であり、肥満やⅡ型糖尿病などの生活習慣病罹患者と栄養失調や発育不良の人々が共に存在している時代である。また地球温暖化をはじめとする環境破壊や気候変動による健康問題や、新型コロナウィルス(SARS-CoV-2)などの新しい感染症や増加する多剤耐性菌への対応が求められている時代でもある。これら世界中の人々が直面している多くの課題に対し、本研究所では国連が掲げている持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals: SDG’s)を踏まえた研究活動を続けていく。新型コロナウィルスによる新型コロナウィルス感染症(COVID-19)の診断にはポリメラーゼ連鎖反応(Polymerase Chain Reaction: PCR)検査が用いられているが、本研究所は過去に完全自動PCR分析器geneLEADVIIIの開発支援を行った。この分析器は現在世界中で活用されており、フランス政府からはその実績に対して感謝状を送られた(図4)。そして21世紀は人工知能(Artificial Intelligence: AI)や物のインターネット(Internet of Things: IoT)、スーパーコンピューターやビッグデータに代表される第四次産業革命の時代である。研究所では具体的にロボットの教育・研究への導入を試みている(図5)。21世紀に直面している健康課題と併せてこれらの革新的な技術は人々の暮らしや生活習慣を変え、食と健康に係る職種が置かれる環境や人々との接し方も変わることが予想される。これからも様々な困難が予想されるが、資源が乏しく、国土も狭く、災害の多い日本で健康と豊かな生活を維持するのは科学技術であるという信念のもと、所員全員で手を携えて日夜努力を重ねる所存である。

(図4)

(図5)

1) Kagawa Y et al.: Single nucleotide polymorphism of thrifty genes for energy metabolism: evolutionary origins and prospects for intervention to prevent obesity-related diseases. Biochem. Biophys. Res. Commun. 295, 207-222, 2002

2) Kagawa Y et al.: Medical cost savings in Sakado City and worldwide achieved by preventing disease by folic acid fortification. Congenit Anom 2017; 57(5):157-165.

3) Kagawa Y: From clock genes to telomeres in the regulation of the healthspan. Nutr Rev70 (8):459–471, 2012

歴代所長